手稿譜の反映:KV331 [楽譜]
保存しなければ:「つばめが来る頃」 [楽譜]
「皇帝」は K か C か [楽譜]
近頃コンサートでは演奏者自身がマイクを持ってコミュニケーションをとるというスタイルが普通になったようです。
昨年の森さんや東京六人組でもそうでしたし、先日の弦楽四重奏でもそうでした。
そうした中で説明があったのがハイドンの「皇帝」です。
Wikipedhia にも
「皇帝」という副題は第2楽章が「オーストリア国家及び皇帝を賛える歌」の変奏曲である。
(第一楽章は)GEFDCという音型ではじまるが、これは、Gott erhalte Franz den Kaiser の頭文字となっている
とあります。
演奏会ではヴァイオリンにこの主題を弾かせてその説明をしていました。
Gott erhalte Franz den Kaiser は「神よ、皇帝フランツを守り給え」という意味だそうですが、
G E F D は良いとしても、最後は K のはず。
検索しても K は C を意味するとあるだけで、詳しく説明しているものはありません。
英語の kaiser は元々はドイツ語だそうで、さらに遡れば ユリウス・カエサル (Julius Caesar) にたどり着きます。
なので C でも良いということであろうと思います。
もしかすると元々は C を使っていたのかもしれません。
Bach も音名であってそれを主題にした曲があることは以前触れました。
A B C D E F G H をうまく組み合わせてそれらしい言葉にできればそれを使った主題ができるでしょうが、良い言葉、良いメロディーとなると難しいですね。
なお、 Bach は日本語にすると「小川」です。
シューベルトの「美しき水車小屋の娘」の第19曲は「水車職人と小川」(Der Müller und der Bach)ですね。
プーランク:六重奏曲 FP100 [楽譜]
第二楽章の主題:チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 [楽譜]
クラシックの中でも最もよく知られている曲のひとつ、Tchaikovsky のピアノ協奏曲第一番です。
以前から誤りではないかと考えられてきたのが第二楽章の最初の提示です。
これがピアノの出だしですが、これ以降他の楽器に出現する音形は皆同じです。
ところがフルートで最初に提示される音形はこうなっています。
この最初の小節の最後の八分音符が書き間違いで、 F ではなくピアノなどと同じ B♭ではないかというので、実際にそのように直して演奏されることがありました。
作曲されたのが1874年から1875年、初演が1875年10月です。
この作品はその後二回の改訂を経ています。
Wikipedia によれば 1879年の夏および1888年の12月 とのことですが、そのときに間違ったのではないかとも考える向きもあります。
しかし今回入手したこのフルスコアはオリジナルのスコアという大変珍しいものです。
このスコアでは問題のフルートの箇所は現在私たちが馴染んでいる版と同じです。
チャイコフスキーがなぜこう書いたのかは謎ですが、書き間違いでないということはほぼ確かと考えなければならないでしょう。
最初の版と現在の版がどう違うのかを比較するのは興味深いですが、すぐ分かるのは冒頭のピアノです。
ピアノを弾かれる方はアルペジオであることと3拍目の音域が低いことに気付かれるでしょう。
録音はラザール・ベルマンがテミルカーノフと1986年に行っているようですが、CD は見つかりません。
録音はないようですが小山実稚恵さんが現在の版との比較演奏をされたことがあるようです。
グノー:「私は夢に生きたい」 [楽譜]
先日 CD を手に入れたばかりですが、楽譜も見つけましたので入手しました。
アカデミア・ミュージックでは全曲の楽譜はあったのですが、一曲だけのピースはありませんでした。
ソプラノの譜面ですが、フルートでそのままできます。
と言っても声楽特有の音形や装飾などはなぞらない方が良い場合もあります。
オクターブ上げた方が効果が上がる場合もあります。
CD を聴きながら一通り目を通しました。
短めで親しみやすい旋律なので 12月の本番にも良いのではないかと思います。
ピアノがちょっと厄介そうですが、今回は M社長が伴奏をしてくださることになりそうなので大丈夫ではないかと思います。
印刷がちょっと汚いのが難ですが。
PHOTOCOPIE
INTERDITE
と最初のページの左上に印刷してあります。
コピー禁止、ですね。
「禁じられた遊び」の原題は "Jeux interdits" 。
直訳なのですね。
ラヴェルの「水の戯れ」は "Jeux d'eau"。
これも直訳ですね。
ストラヴィンスキーの "新曲" [楽譜]
もう最新の情報ではなくなりましたが、最近知りました。
1908年に作曲され、一度演奏されたのみで行方不明になっていたストラヴィンスキーの楽譜が発見されたそうです。
出世作となった「火の鳥」(1910年)より前の作品で、ストラヴィンスキー自身は「最高傑作」としていたそうですが、後年、どういう内容だったかは思い出せないと言っていたそうです。
こちらはもちろんその曲ではありませんが、ストラヴィンスキー自身が指揮した録音です。
「火の鳥」は改訂されたばかりの版が使われています。
今回発見された曲、先日のモーツァルトのようにあまり時間をおかずに録音が出るか出版されるかもしれません。演奏時間は12分ほどとのことです。
- アーティスト: レ・シエクル,フランソワ=グザヴィエ・ロト,ストラヴィンスキー
- 出版社/メーカー: Musicales Actes Sud / King International
- 発売日: 2014/10/20
- メディア: CD
こちらは初演当時の楽器(1900年頃作られたもの)を使用した録音だそうです。冒頭からして1900年ビュッフェ・クランポン製のバソンだそうで、興味深いです。フルートはモイーズだったはずで、同じ楽器を使っているかどうかも興味津々です。まあ、得てしてこの手の録音は企画第一になりがちなので演奏の質はそれほど期待しないほうが良いと思いますし、そもそも現代の楽器、大編成の響きに慣れてしまっている私達の耳には物足りなく響くのでは、という懸念はあります。でもちょっと聴いてみたくはあります。
古い曲集二冊 [楽譜]
先日相原さんのところでランパルの話になった時、吉田雅夫さんが自身の編曲になる「さくら変奏曲」を、これは難しいよと言ったところランパルは初見でいとも簡単に吹いてしまったというエピソードを聞きました。
そういえば昔買った吉田雅夫さんの曲集にあったなと思い引っ張り出してみました。
今の若い人ならやっぱり苦労せずに吹いてしまうだろうなあと思うのです。
昭和37年。
「フルートの名曲」も買いました。
買ったのは多分昭和45年頃でしょう。
その頃はフルートを吹くなど思いも寄らず、多分オクターブを上げ下げしながらリコーダーで吹いていました。
多分同じ頃こんな曲集も買いました。
吉田さんの曲集はピアノ伴奏譜付きですが、こちらはフルートの譜面だけです。
昭和45年。
こちらには証紙は貼られていませんね。
とても懐かしいです。
明日は母の通院の日なので朝の更新はお休みします。
『魔笛』の1年前に上演された演目 [楽譜]
先日『魔笛』のフルート四重奏曲編曲版を取り上げましたが、いろいろ調べる過程で同じシカネーダー一座がその前に上演した演目にもモーツァルトが関わっていたことを初めて知りました。
その全曲録音がリリースされていましたが、もう既に廃盤で中古は Amazon でかなり高価で売られています。
しかし幸い安く手に入るものを見つけたので取り寄せてみました。
ブックレットを読むと、新たに発見された筆写譜にモーツァルトの名が発見された、その興奮が伝わるかのようです。
そのうち一曲はモーツァルトの手になるものではないかと以前から言われていたようですが、筆写譜の発見でそれが確定しただけでなく、そのほかにモーツァルトの手になるものがあったというのです。
歌劇《賢者の石》全曲
マーティン・パールマン/ボストン・バロック
録音 1998年11月 マサチューセッツ 99 ・12・22 (99・8・1)
ブックレットより抜粋
信憑性に関する議論が決着したわけではないが、筆写譜への記入は歴史的事実であり、その信頼性は高いと思われる。(少なくとも、疑うに足る充分な根拠はない)。いずれにせよ、この発見を通じて明らかになった、重要な史実がある。それは、モーツァルトが晩年にシカネーダーの一座と密接な協力作業を行っていたこと、そして《魔笛》は、孤高の傑作ではなく、シカネーダーのプロデュースするメルヒェン・オペラ・シリーズの一作品にほかならなかった、ということである。《賢者の石》が《魔笛》と相似した、時には瓜ふたつの先行作品であることは、「ディスカッション」と題された付録のCDを聴けば、よくわかる。
パールマンの復元演奏は、《賢者の石》が意外なほどレベルの高い、われわれにも楽しめる作品であることを明らかにしてくれた。私にとってなにより印象的なのは、これほどのレベルの作品を作曲する能力を、シカネーダーの一座の人々が備えていたことである。こうしたレベルの指揮者や歌手たちが、《魔笛》の初演にも大挙して参加し、晩年のモーツァルトを支えた。モーツァルト最後期の簡素で民衆的な様式は、おそらく、彼らへの友情と共感に発するものであったのだろう。
(磯山 雅)
■指揮者のノート
その後1991年、ソビエト軍が第二次大戦の末期にドイツから持ち去った手書き楽譜コレクションがロシアから返還されとき、ひとつの新しい手書き楽譜が参照できるようになった。この手書き楽譜を調査したバック教授は、オペラ中のほとんどすべてのナンバーに、作曲者の名前が記されていることを発見したのである。その名前は、楽譜のコピイストたちのひとりによって書かれたもののように思われた。
大方の驚きを誘ったのは、「モーツァルト作」という言葉が、二重唱1曲だけではなく、第2幕のフィナーレの、思ってもみなかった2つの部分にも出てきたことである。このことは当然ながら、音楽学の世界に、モーツァルトが本当にこれら3つの部分の作曲者であるか否か、という議論と論争を引き起こした。
筆跡や紙の鑑定を根拠とし、詳しい音楽的・歴足的論証を付した複数の学術論文によって、モーツァルトのこのオペラに対する関与は、立証されたとみてよい。しかし彼の貢献がじっさいどの範囲にまで及んでいたのかを明らかにするためには、もう少し議論を煮詰める必要があるだろう。
とはいえ、オペラ《賢者の石》の意義は、モーツァルトの名を冠した3つの部分をはるかに超えている。オペラの全体が《魔笛》と密接に結びついており、この傑作に、新しい光を投げかけるのである。両作品が、同じメルヒェン・オペラの系列に属しているからばかりではない。《賢者の石》が《魔笛》に与えた音楽的影響はひとつの啓示であって、モーツァルトの作曲プロセスに分け入るための、貴重な一歩を可能にしてくれるのである。ことは、純音楽的なことにとどまらない。このオペラは、最後から2年目という困難な時期にモーツァルトがどんな生活をしていたのかの一端を、明るみに出す助けとなる。私たちはモーツァルトを一匹狼の天才とみなしがちであるが、じっさいには彼は、作曲仲間のサークルで、共同作業をしていた。こうした新しいモーツァルト像を獲得するのは、なんと魅力的なことであろう。
(マーチン・パールマン、 磯山 雅 訳)
〔ブックレットより〕
しかしこちらの書籍を読むと、モーツァルトの真筆であるかという重要な点に関してはまだ疑問の余地があると現在では考えられているようです。
『モーツァルト』西川 尚生
音楽之友社 2005年10月10日 第一刷
《賢者の石》は《魔笛》と同じシカネーダー一座が、《魔笛》のおよそ一年前に初演したジングシュピールであり、モーツァルトがその中の二重唱曲(K625/592a)の作曲に協力したことは、従来から知られていた。ところが、1996年にハンブルクの国立図書館で《賢者の石》の新たな筆写総譜が発見されたことで、事情は変わってきた。この楽譜には、件の二重唱曲だけでなく、他の二曲の二重唱曲(第二幕フィナーレの《ニャオ!ニャオ!》と《行け、哀れな青年よ》)にも、作曲者としてモーツァルトの名が記されていたのである。またその他の作曲者名がいくつかの楽曲に書かれており、そこから《賢者の石》が複数の人物による合作オペラであり、モーツァルトのほか、少なくとも四人のシカネーダー一座のメンバーが作曲にかかわった可能性が出てきた。この四人とは、座長シカネーダー、ベネディクト・シャック、フランツ・クサヴァー・ゲルル(1764 - 1827)、ヨハン・バプティスト・ヘンネベルク(1768 - 1822)である。
発見者であるD・バックは新たに確認された二曲の二重唱曲をモーツァルトの真作と断定し、この「未知の作品の発見」は1997年の発表と同時にセンセーションをまき起こしたが、残念ながら、モーツァルト学者たち(とくに手稿譜研究の専門家たち)は二曲の真正性について、懐疑的であるようだ。たとえば、ヴィーンの写譜師研究の第一人者エッジは、問題のハンブルク筆写譜がモーツァルト没後間もない1790年代半ばに、シカネーダー一座のメンバーだったカスパール・ヴァイスの写譜工房で作成され、ヴァイス自身が写譜に加わった「由緒正しい」楽譜であることを認めつつも、そこに書かれた作曲者名は信用に足るものではない、と述べている。たしかに、この楽譜には従来から知られていた二重唱曲(K625/592a)に作曲者としてモーツァルトの名が書かれてはいるが、生涯編で述べたように、この曲は厳密にいえばモーツァルトの真作ではなく、モーツァルトがオーケストレーションを担当した作品(もしくは一部を作曲した作品)にすぎない。おそらく旋律を作曲したのはベネディクト・シャックであるが、その点については、楽譜には何も書かれていないのである。またこの楽譜のなかに、作曲者名が書かれていない楽曲が多い点も不自然であろう。もし写譜師が作曲者名のたしかな情報をもっていたなら、すべての曲に作曲者名が書かれたはずだからである。一部の曲にしか作曲者名が書いていないということは、それらが信頼のおけない資料や伝聞に基づいたものであることを示唆しているといえよう。要するに、二曲の二重唱曲がまったくの偽作か、K625/592aと同様、モーツァルトがオーケストレーションのみを担当した作品である可能性も、じゅうぶんに考えられるのである。
このように二重唱曲の真正性は不透明であるが、この「《賢者の石》問題」でより重要なのは、《賢者の石》が翌年の《魔笛》ときわめて似かよった作品だということであろう。両曲ともクリストフ・マルティン・ヴィーラントが編んだメルヒェン集『ジンニスタン、あるいは妖精・魔鬼譚精選』から題材をとり、シカネーダーが台本を書いたお伽話オペラないし魔法オペラであり、登場人物の設定にも共通点が多い。
ここ数十年の間、《魔笛》はもっぱらフリーメイソン・オペラとして解釈されてきたが、《賢者の石》の発見をきっかけにして、近年はむしろ、《魔笛》をヴィーン民衆劇のお伽話オペラの系譜の中でとらえようとする傾向が、強まっているように思われる。
( P.217)
ただここでは
「まったくの偽作」か「オーケストレーションのみを担当した可能性もじゅうぶんに考えられるのである」
としていて、慎重な表現をとっています。
ブックレットでは
筆跡や紙の鑑定を根拠とし、詳しい音楽的・歴足的論証を付した複数の学術論文によって、モーツァルトのこのオペラに対する関与は、立証されたとみてよい。
としていましたが、この点についてはこの本では詳しく述べられていません。
なお、当初から知られていた二重唱の《ニャオ!ニャオ!》というのは、一人が魔法で猫の姿にされてしまって鳴き声でデュエットするというのですから、当時相当人気があったであろうことは想像できます。
『魔笛』は当時大変な人気で、あらゆる編曲が出現して街中が魔笛の中の曲でいっぱいだったそうです。
同じネタ本から三つの台本が作られたそうですが、最初のものについてはどうかわかりませんが二作目以降は大ヒットとメガヒットといったところだったのでしょう。
どうであるかという点については素人の手には余りますが、あったらいいなとか発見されてほしいという気持ちはモーツァルトに関わる人全てが持っている気持ちでしょうね。
明日は早く出るので朝の更新はお休みします。
貴重なパンフレットも [楽譜]
古書店を巡るということはあまりしませんが、昔はぶらぶら歩いたり新聞広告を見て問い合わせしたりすることはありました。
古本に限りませんが、お目当てのもの以外を見るのも楽しみの一つなのです。
現物を見て買いたいのですが、最近は Amazon であったり古書店のネットワークあたりで探すことが殆どです。
そんな中先日購入したジュリアス・ベーカーの初来日のプログラムはたまたま検索で見つけたのですが、その書店は実店舗はなくてネットのみとのことでした。
そちらから昨日カタログが送られてきました。
書籍(音楽関係が多い)や楽譜(フルート用の作品もあり)の他演奏会プログラムやレコードまで大量の商品が掲載されています。
演奏会プログラムではベルリン・フィルの初来日のものや辻久子、巌本真理、ミッシャ・エルマン、ダビッド・オイストラフ、井口基成、サンソン・フランソワ、レフ・オボーリン、ピアティゴルスキー、アイザック・スターン、カラヤンとN響の演奏会、「夕鶴」初演、安川加寿子、諏訪根自子、三浦環、セゴヴィア、ラフマニノフ、ジンバリスト、クライスラー、ルービンシュタイン、ヴァン・クライバーンなどなど、とても書ききれませんが、目も眩むような名前が、それも初来日の演奏会のプログラムなどが宝の山のように並んでいます。
その中にあるフルーティストの初来日の演奏会のものを見つけました。
HP には掲載されていませんが、最近売れたものは SOLD OUT と表示されて掲載されているのに、情報が出てきません。
カタログは最新版なのでまだ HP に載せていないのかもしれません。
メールで問い合わせしてみました。
購入できましたら、またご紹介します。