『向田邦子 ベスト・エッセイ』 [本]
このところ読書量が増えましたが、先日書店で向田邦子さんのエッセイ集が新しく出たので久しぶりに読んでみようと思い手にしました。
やっぱりいいですね。
「父の詫び状」はいま読んでもとてもいいです。
以前触れましたが、だいぶ前に、脚本家として活躍されているある方の小説を読んだところとても酷くてそれ以来脚本家の書く作品には手を出しませんでした。
そもそも TVドラマ(映画もでしょうが)の脚本というのは役者が演じて初めて作品として完成するものなので並の才能の人がそういうものばかりたくさん書いたからと言って小説が書けるというものではないのです。
向田邦子さんは別格です。
今読んで印象に残った部分を少し引用します。
P.46 丁半
麻雀やトランプをしなくても、母にとっては、毎日が小さな博打だったのではないか。
見合い結婚。
海のものとも山のものとも判らない男と一緒に暮す。その男の子供を生む。
その男の母親に仕え、その人の死に水をとる。
どれを取っても大博打である。
今は五分五分かも知れないが、昔の女は肩をならべる男次第で、女の一生が定まってしまった。
新装版『霊長類ヒト科動物図鑑』
文春文庫(2014)
そうですよねぇ。
恋愛結婚が当然のような今はそんな風には考えられないでしょうね。
でもこのような時代は今ほどは離婚はなかったのではないかと思います。
そうあるべきと決めつけるわけではないのですが。
P.62 お辞儀
十年間に間違い電話を含めてユニークなものも多かったが、私が一番好きなのは初老と思われる婦人からの声であった。
「名前を名乗る程の者ではございません」
品のいい物静かな声が、恐縮し切った調子でつづく。
「どうも私、間違って掛けてしまったようでございますが。━━こういう場合、どうしたらよろしいんでございましょうか」
小さな溜息と間があって、
「失礼致しました。ごめん下さいませ」
静かに受話器を置く音が入っていた。
たしなみというのはこいうことかと思った。この人の姿かたちや着ている物、どういう家庭であろうかと電話の向うの人をあれこれ想像してみたりした。お辞儀の綺麗な人に違いないと思った。
新装版『父の詫び状』
文春文庫(2005)
昔紀尾井ホール誕生の物語を扱った本の中で触れられていた、あるお屋敷のお嬢さんのエピソードを思い出します。
その屋敷のご主人と話をしていると、お嬢さんが通りかかって
「今日は所用があって出かけなければならず、お相手できず申し訳ありません」と足を止めて挨拶されたというのです。
現代ではなかなか触れることができない機微ですね。
1981年(昭和56年)8月22日、航空機事故によって亡くなりました。
もうすぐ命日です。