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中学生の頃に想いを馳せる:『くちびるに歌を』 [本]

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山本有三が紹介した詩の一節がタイトルになっています。


 心に太陽を持て

 くちびるに歌をもて


五島列島の島の中学校の合唱部が舞台です。


この年 NHK の全国学校音楽コンクールの課題曲はアンジェラ・アキさんの『手紙〜拝啓 十五の君へ〜』です。

余談ですが、「音楽コンクール」という名前ですが合唱のコンクールです。



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大筋はこの帯にあります。


冒頭に主人公の一人のこの手紙が置かれています。

そして産休に入る顧問の先生が臨時教師を依頼する友人の柏木先生に宛てた手紙で物語が始まります。


結びの部分では役目を終えた柏木先生かが書いた手紙が登場します。



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合唱の舞台が登場するようなので手にしたのですが、中学生が主役だというし、ライトノベルかなと思って読み始めました。


しかし決してそうではなく、中学生の女子と男子が認識する身の回りの描き方が丁寧でよく拾い上げているという印象です。

女子は男子を、男子は女子をよくわからない生き物と思っています。

私がこの年代の時もこんなふうに考えていたような気がします。

合唱部でなく吹奏楽部でしたが、先生に強く怒られた3年生の時のこと、その年の夏のコンクールでは当時としては一番いい成績(県代表ではありませんが)が残せて、女子たちが涙ぐんで先生を囲んだことなどが思い出されます。



物語では中学生らしい言動が随所に出てきますし、恋愛ともいえないような、おずおずと外の世界に首を伸ばそうとしては引っ込めているような、そんな中学生たちの姿が微笑ましくもあります。


合唱部のメンバーではありませんがくちびるに歌を、ではなくてくちびるにくちびるを、というシーンもあります。


いいところはたくさんあるのですが、強い印象を残すのは本番の舞台のシーンです。


部長が指揮を担当し、臨時の先生がピアノ伴奏を担当します。

自由曲は先生のオリジナル。

作詞は部員の合作です。



くちびるに歌を 中沢永一
 小学館文庫  2013.12.11 初版
        2019.2.6 第十二刷
P266
 頭のなかで百回歌えば、百回おなじに歌える。けれど実際の舞台ではそうならない。百回中の九十五回は平凡な演奏で、四回くらいノリの悪いダメな演奏があり、そして一回くらいは神がかったような演奏ができる。本番のステージで、どうか奇跡の一回がまわってきますようにと祈る。練習しまくって、準備を万端にととのえて、最後の最後は、祈るしかない。
 十一校目の合唱を、ステージ袖に設置された反響板の後ろで聞いていた。周囲はうす暗い。移動してすぐは、自分の手足も見えないほどだった。反響版の裏側に設置されているモニターが光を放っている。演奏中の合唱部員たちが映し出されており、どうしてもそれをじっと見てしまう。だれも言葉を発さない。聞こえてくる課題曲のテンポがうちとは異なっていた。影響をうけないように、耳を手でおさえたり、耳元を手のひらでバタバタとやって聞こえないようにしたりする。
 期待にこたえたい、というプラスの思考と、失敗したらどうしよう、というマイナスの思考が混在する。モニターの光に照らし出された一年生のくちびるがふるえていた。頭が真っ白になっているのだろうなとおもう。自分も一年生のときはそうだった。「こんな風に歌おう」などと、事前にかんがえていたことがすべてふっとんでしまうのだ。三年生になった今現在の自分はどうだろう。緊張を気合いでねじふせようとしているような気がする。最後の大会だからにちがいない。次の世代にすばらしい状態でつなぎたかった。
 やがて自由曲がおわり、観客席の方から拍手がふってくる。係員の誘導で、十一校目の合唱部員たちがステージ上手側の出入り口から楽屋廊下に出ていった。
 私たちの番だ。反響板の後ろから出て、ステージ上のひな壇にむかう。視界が上下左右にひろがって、どこまでも広い空間に私たちは姿をさらす。一階席、二階席、ともにほぼ満席状態で、無数の人の顔がいっせいに私たちをのぞき込んでいるようにおもえる。さきほどの拍手がおわり、しんとしずまりかえった。
 声を発してはならない。音楽というパズルのピースになるのだ。ひな壇に上がる。音をたてないようにと注意する。ゆっくり、胸をはってあるくようにこころがける。履いているローファーが、カツカツと音をたてないようにと。
 柏木先生が、下手側に配置されているグランドピアノの前に立つ。一応、楽譜を譜面台にたてかける。いつも見ないし、譜めくりをする人もいないけれど。
 辻エリが、たったひとり、私たちの前に進み出た。客席からむけられる大勢の視線の圧力を引き受ける防波堤のようだ。私たちは彼女についてけばいい。
 舞台上手から順番に、男声パート、アルトパート、ソプラノパートの順に三列で整列した。司会者が私たちの中学校名を紹介する。指揮の辻エリが観客にむかって一礼し、まわれ右をして私たちにむきなおった。柏木先生も一礼後ピアノに座る。
(中略)
 式をする辻エリが、私たちの顔を見渡す。彼女の表情に、先ほどまであった不安はもうない。運命に挑むような決意が見える。ひな壇の私たちに電気のようなものが走った。全員が同じおもいを共有していた。これまでに体験した、どんな大会とも違っている。金賞をとって勝ち進みたいという願望もなければ、ミスをしないだろうかという恐怖も消えた。今、私たちにあるのは、もっと純粋で、つよい心だった。私たちは、ただ歌を届けたかった。海をわたったところにいる、大切な人に。
(中略)
 辻エリの腕がうごいた。ピアノの澄んだ音の粒が、きらきらとホール内に反射する。
 課題曲『手紙〜拝啓 十五の君へ〜』。

コンクールの舞台の本番って本当にこんな感じです。

ここの描写は臨場感があります。


文章を入力していて感じたのは意図的にかひらがなを多く使っていることです。

別に中学生に読みやすいようにということではないでしょうけれど、何か意図があるのでしょう。


上級生との交際や浮気や大暴れという場面もありますが、縁実にはそうそうあることではありません。

でも主人公の一人が自閉症の兄の面倒を見なければならない境遇というのも今リアリティがあります。

部員の一人は母が病で亡くなり、父は出て行ってしまうという境遇で育っています。


女子部員だけだった合唱部に美人の先生目当てで三年生男子が入ってきたために雰囲気が変わってしまい、女子の間も分裂します。

女性合唱を歌うはずだったのに混声合唱の楽譜を買わなければならなくなってしまいます。

未経験の男子が数ヶ月でコンクールに出られるようになるのでしょうか?そもそも動機が不純ですのに。


読後感はとても良いです。

映画化もされているようなので観てみたいと思ったのですが、映画では先生の視点で物語が進むような設定になっているらしいです。

先生役は 新垣 結衣 さんなのでファンは一も二もなく観るでしょうけど。


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