SSブログ

新しい博物学 [本]


l2022 06 14_0001.jpg


半袖でないと過ごせない陽気でした。

車がつながった道路ではエアコンを使いました。

スイスイ走れれば自然の風がいいのですが。


山林の日陰で窓を開けて休憩していたら蚊が入ってきました。

なかなか出て行ってくれないんですよね。

蚊は風が嫌いなのでエアコンの風が顔に当たるようにします。


さて先日買ったこの本がなかなか面白く、時間を忘れました。



l2022 06 14_0002.jpg


元々文学に強い関心を持っていた著者はお兄さんが理系が苦手だった(それなら理系を専門にすればお兄さんに勝てるかもしれない)という理由で大学の理学部、大学院の天体物理学を専門とされたと前書きにあります。
総合研究大学院大学、名古屋大学の名誉教授でいらっしゃるので安心して読むことができ、かつ一般の読者にもわかりやすい内容です。
文系の豊富な知識も併せて展開されていらっしゃるので両方に関心のある読者としては一つの分野に限定されずに、たとえば頭を使って疲れた時はぼんやりとするのでなく異なる方面のことをするといいという説がありますが、この本を読み進めるだけでそれができるような思いです。
内容については説得力のあるもので今まで知っていたことでも一段階知識を深めてくれるという印象です。
「ぶらんこ」についての考察は新鮮でした。
 
l2022 06 14_0003.jpg
 
ただ、一つ残念なのは第9章の「ふぐ」です。
ふぐ毒について述べられているのですが、なぜフグが毒を持つのか(ヤマカガシと状況が似ている)、その毒であるテトロドトキシンがどのように毒として作用するのかについての説明は明快で非常に興味深いのですが、
P174に
 「といっても、フグ毒による殺人事件は、あまり聞いたことがない。」
とありますがこの部分に違和感を覚えました。この本は当初2001年に出版されたものを出版社とタイトルを変えて
 「あわ」の章を付け加え、引用文献をすべ調べ直し新たに付け加えもした
ものだとのことですが、1986年に起こったトリカブトを使った殺人事件には触れられていません。
当初出版された時点では既に起こっている事件ですし、
P173には
 毒物には、青酸カリやサリンのような人工毒(英語ではポイズン)とトリカブトやフグ毒(テトロドトキシン)のような天然毒(英語でトキシン)の二種類がある。
とあるのでこの事件にも触れるのが自然な流れではないかと思えます。
この事件では毒性が現れるのを遅らせるためにフグ毒とトリカブトが併用されたという特異な事例で、たまたま血液が保存されていたためにそれが判明したという経緯があるので毒物に関係する人にとっては強い印象を残す事件であったはずです。


l2022 06 14_0004.jpg


不思議に思ったので巻末に掲げられている資料の一つ
 
l2022 06 19_0001.jpg
 
『毒──社会を騒がせた謎に迫る』常石敬一著、講談社 1999年
に当たってみますと、目次には「青酸化合物」(青酸コーラ事件、青酸チョコレート事件、帝銀事件など)「ヒ素」(和歌山カレー事件、ヒ素ミルク事件など)「農薬」「新しい毒物」(ダイオキシン、PCB など)「環境ホルモン」「サリン」などがあります。
 
 
l2022 06 19_0002.jpg
 
トリカブトはありませんが P190からの「保険金詐欺事件」の中で
 パラコート殺人事件が相次いだ八五年七月にはトリカブトで女性が毒殺されたマニラの保険金詐欺事件
と述べられていますが、これはどの事件を指しているのかわかりません。
マニラで起こった保険金に関わる事件で有名なのはこの本の出版のずっと後の2014−2015年に起こった銃撃による事件です。
 
l2022 06 19_0003.jpg
l2022 06 19_0004.jpg
それはひとまず脇に置いておくとして、問題はP33以降にある
 ここまでの話で、毒物には表─1にあるような「人工物」と、アルカロイドのような「天然物」が存在することがお分かりいただけたと思う。
と始まってトキシンとポイゾン、「半数致死量」の説明などはほぼ同じ内容で引用されています。
そこまでは参考資料として明示されているので良いと思うのですが、
P35の後ろから三行目に
 フグ毒も猛毒だが、それを使った犯罪というのはあまり聞いたことがない。
とあって、この部分もほぼそのまま引用されています。
思うに著者は参考資料では触れられていなかった(その時点では知られていた)事件については思い出すことなく「あまり聞いたことがない」という部分まで引用したのかなと思います。


でもフグ毒とそれがどう毒として作用するのかの説明はとても明快です。


P173 フグ毒
フグの学名はテトラオドンで、「四つ(テトラ)の歯(オドン)を持つ」という意味がある。歯が非常に強く、顎の上下に各二枚の歯板を持つことからついた名前だがテトロドトキシン(トキシンは毒物・毒素のこと)もこれに由来する。とはいえ、二枚貝やカニなど多くの動物にも同じ毒素を持つ仲間がおり、フグ特有というわけでない。とすると、毒素は外部にいる細菌起源で、それを取り込んで体内に多く蓄積したフグが強い毒性を持つようになった、と考えて良いだろう。
 その一つの証拠として、天然フグの毒が最も強く、湾を仕切って養殖したフグは毒は持つが天然フグほどではなく、網生け簀に囲って養殖したフグは毒を持たないことがあげられる。つまり、自然の海に生息しているプランクトンが毒性(あるいは、毒性を作り出す細菌)を持っており、成育する中でそれをどれくらい多く取り込むかで、毒性の強さが異なってくるのだ。
(管理者注:これはヤマカガシがガマガエルを捕食して毒を持つようになるのと似ています)
 例えば、渦鞭毛藻プランクトンは、赤潮のときに大量に発生し、そのためにホタテガイが毒化する。フグ毒は、このようなプランクトンの摂取によるものらしい。外部から取り込んだ水を浄化する肝臓に毒が強いことは、この外因説を証明している。とはいえ、生殖器は外部環境から守られていることが多いのに、卵巣に毒が多いことから、フグ毒すべてが外因性かどうか疑問を呈する研究者もいる。まだまだ、謎は多いのである。
 毒物には、青酸カリやサリンのような人工毒(英語ではポイズン)とトリカブトやフグ毒(テトロドトキシン)のような天然毒(英語でトキシン)の二種類がある。それらの毒性の強さは「半数致死量」という量で表される。
(中略)
フグ毒の場合は八マイクログラム(1〇〇万分の八グラム)である。(中略)サリンなら1〇ミリグラム、トリカブトなら一五ミリグラム、青酸カリなら一四五ミリグラムだから、フグ毒がいかに強力かがわかるだろう。
(中略)
 フグ毒は、もっぱら神経細胞に作用する神経毒である。人体の神経細胞は、細胞膜に包まれているが、静かな状態ではその内側と外側に五〇ミリボルトくらいの電位差がついている。プラスの電気を持ったナトリウム・イオンが、細胞内部に少なく、細胞外部に多いためで、いわば神経細胞は小型電池のようなものである。神経が刺激されて興奮すると、細胞膜に小さな穴(イオン・チャンネル)が開いてナトリウム・イオンが急速に細胞内に流れ込み、一時的に電位差が小さくなる。すると、すぐに穴は閉じ、ナトリウム・イオンはイオン・ポンプによって細胞外に汲み出されて元の電位差に戻る。このような電位差の変化が次々と神経細胞を伝わるのが「神経伝達」の仕組みである。
(中略)
 フグ毒のテトロドトキシンは、ナトリウム・イオンが細胞内に入るのを妨げる働きをするらしい。その詳しい機構はまだ明らかではないが、フグ毒が神経や筋肉細胞の表面にあるイオン・チャンネルを塞いでしまうのではないかと想像されている。そのため、フグ毒が入ると、ナトリウム・イオンが移動できなくなるから電位差が変化しない。つまり、興奮を伝達できなくなってしまうため、血管が収縮したままで意識混濁となったり、呼吸麻痺が起こったりし、重篤の場合は死に至る、というわけだ。とはいえ、フグ毒は細胞を破壊するわけではないから、作用は一過性だし、中毒に罹っても数日で回復すると後遺症もない。たとえフグ毒に中っても、八時間もてば命は大丈夫なのである。


トリカブトの毒アコニチンはイオンチャンネルに作用する点では同じですが、フグ毒と反対にナトリウムイオンが細胞から出るのを阻害するようです。

なので適量(?)を同時に摂取するとその働きが拮抗して毒性が現れません。


妻の血液を分析していた大野が、公判でアコニチンとテトロドトキシンの配合を調節することで互いの効力を弱めることができると証言した。

アコニチンはNa+チャネルを活性化させ、テトロドトキシンはNa+チャネルを不活化させ、この2つを同時に服用するとアコニチンの中毒作用が抑制される、拮抗作用が起こることが判明した。

そしてテトロドトキシンの半減期(毒物の血中濃度が半分になるまでの時間)がアコニチンよりも短いため、拮抗作用が崩れたときに、アコニチンによって死に至る。

(Wikipedia)



まあこの事件の場合は高額な保険に加入してすぐ死亡したなど不審な点があったそうですが、検死に当たった医師が死亡時の症状がアコニチンによるものである事を突き止め、保存されていた血液からそれが検出されたことがキーになりましたが、フグ毒も使われたことは大量のフグを売ったという漁師が現れたことで改めて血液を調べた結果判明しました。


完全犯罪になるはずだったのでしょうが、そうならなかったのは被疑者の脇の甘さもあったでしょうが、操作にあたった関係者の執念によるものでしょうね。


nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。