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『月の満ち欠け』の世界 [本]

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先日読んだ『月の満ち欠け』は構成が一筋縄ではいかない感じで、時間が前後し場面が変わりストーリーの主体が変わるので一読では全体像を掴み切れません。

そこで相関図に時間経過を加えたものを作ろうとしたのですが複雑になり過ぎて知らない人にはまるでわからないものになってしまいそうでした。


何度もあちこちを読んでいるうちに愛着が湧いてきたので当初刊行された単行本を買ってみることにしました。



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単行本の表紙が二種類あったのでなんだろうと思いましたら、写真を使った方は直木賞受賞後に作られた「帯(腰巻)」のようです。

剥がすと元のカバーがあります。

腰だけじゃなくなってますが。



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裏に佐藤さんの言葉がありました。

佐世保にお住まいでそこから出ないことで有名だそうですが、授賞式にはお出にならなかったようです。



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5年前なのですね。


さて何度も読むうちに当初に触れたこと以上のことが見えてきましたのでまとめました。


ほぼ確かだと思うのですが、語り手の小山内堅は作者と同じ年の生まれとすると辻褄が合うように思えます。


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物語の年代を探ってみる
当初書きましたが、読み終わってから年代と共に物語の世界の全体を把握しようとして相関図を作り、登場する映画『ドクトル・ジバゴ』『アンナ・カレーニナ』そして黛ジュンの『夕月』をもとに推測してみたもののすっきりとしないものが残りました。
その後読み返す中で『タクシードライバー』が登場することに気付いたのでそれを基準に改めて年代や登場人物の年齢などを推し測ってみたところすんなりと収まるように思えました。
 
 
ー小山内堅と藤宮梢の出会いー<1976年>
『タクシードライバー』の日本公開は1976年9月。小山内堅藤宮梢が出会ってこの映画を観に行くのがが大学三年生、が新入生の時なので21歳、19歳としては(誕生月はわかりませんが)1955年、が1957年生まれと推測します。
 
ここで作者が1955年生まれであることを思い出しましたのでこの線で考えて良さそうだという感触を得ました。は作者の分身なのかもしれません。
 
の親友三角典子の弟である哲彦は典子の二つ年下での八年後輩ですから1963年生まれ。
以下ここでは作中に明記のあるもの以外は誕生月が分かりませんので厳密には検証できません。
 
 
─三角哲彦と正木瑠璃の出会い、瑠璃の死亡ー<1983年>
三角哲彦正木瑠璃が出会った7月初旬、哲彦は20歳なので出会いは1983年。より八歳下なので符合します。
瑠璃が事故に遭ったこの年の12月は27歳なので生まれは1956年。より一歳下のようです。
正木竜之介は後に述べますが1950年頃の生まれと思えます。結婚後1年半が経過した時瑠璃は20代半ば、竜之介は30歳過ぎとあります。
 
結婚4年目の5月、竜之介の先輩の八重樫が自殺。それを機に夫婦の関係は冷え込み、初夏(6月か?)のある日「あたしを軽蔑して、ほかの女の人と浮気しているんでしょう?」「愚かな質問をするな」というやりとりがあります。結婚は1979年でしょうか。
 
黛ジュンの『夕月』は1968年9月10日発売なので瑠璃は12歳頃にこれを聞いていたことになります。
歌詞を知っている人はこの曲でなければならない理由がわかります。
「今でも あなたを 愛しているのに」
 
 
当初次の映画を年代を推測する手がかりとしました。
『ドクトル・ジバゴ』の公開が1966年。『アンナ・カレーニナ』が1968年。ただし主演はヴィヴィアン・リーでなくタチアナ・サモイロワ
哲彦瑠璃の出会いが1983年とすると20年程合わなくなります。ヴィヴィアン・リー『アンナ・カレニナ』はさらに古くて1948年です。
これらの映画を基準に考えるなら物語の年代もそれだけ前に遡ることになりますが、が初めて観た『タクシードライバー』を基準にした方が無理がないと思えます。
 
この二本の映画を登場させた理由はわからないのですが、リヴァイヴァル上映だとすればこの時観ることはあり得ない事ではありません。しかし作中に登場する他の映画をチェックしてみると、ナタリー・ドロンが出演した作品は1969年4月日本公開の『個人教授』で共演はルノー・ヴェルレー『ドクトル・ジバゴ』ジュリー・クリスティーが出演した『天国から来たチャンピオン』は1979年1月日本公開(これは新作ビデオとして登場)。
 
二人の出会いが1983年だとするとこれらも何年も前の映画ということになります。レンタルビデオ店の哲彦の同僚がこれらの映画に触れていますし、アンナ・カリーナを「ゴダールのモトヨメ」と表現して(ゴダールとは1965年に離婚)います。映画に詳しい同僚がアンナ・カリーナゴダールに触れることはありそうでこれらは映画好きであることを表したいがために作者が持ち出したとも思えますが、『アンナ・カレーニナ』『ドクトル・ジバゴ』(どちらも原作がロシア文学)を持ち出した理由は分かりません。
 
これらは映画館で予告編を観る事はなさそうですが、封切りでなくリバイバル上映だった可能性はないとは言えません。
 
 
─小山内堅と藤宮梢の結婚、瑠璃の誕生ー<1984年>
が結婚するのが出会って七年後の翌年なので1984年。三角哲彦正木瑠璃が出会った翌年です。
3月に瑠璃が誕生するので瑠璃の生まれは1984年。
 
正木瑠璃が世を去ったのが1983年の12月ですから小山内瑠璃が生まれるまでに4ヶ月ありますが、これ以降の生まれ変わりは亡くなった年に新たに生まれるという運びになっていてどのくらいずれがあるかは分かりません。
 
作中では(小沼希美が)面影が似ていないという記述(「眠たげな、華やかさに欠ける顔立ち」)がありますので身体的な特徴は引き継いでいないのでしょうが7歳くらいの子供では仮に引き継いでいるとしてもまだそれは分からないでしょう。亡くなった人の「意識」がいつ次に宿るのかというのは分かりませんが、七歳頃に前世の記憶が意識に上るということは共通しているようです。
 
母親は予知夢「自分の名前は瑠璃にして欲しい」と由来を挙げて告げられる夢を見ます。
 
瑠璃が高田馬場に行って補導されるのが七歳の時なので1991年。
その時の担任は後に登場する地元船橋の小沼工務店の三代目社長の妻です。
 
 
─小山内梢と瑠璃の死亡、小沼希美の誕生ー<2002年>
小山内瑠璃が仙台で事故で亡くなるのが瑠璃が高校を卒業した直後の3月なので2002年。
瑠璃が18歳になるのでこれも符合します。
 
小沼希美が生まれるのがこの年。多分亡くなった3月の数ヶ月後でしょう。
希美(7歳未満)が58歳の正木竜之介にとてもよく懐いているという記述があるので竜之介の生まれは1950年か51年。その妻の瑠璃が事故に遭ったのが1983年なので事故の時竜之介は32歳か33歳。
 
 
─「事件」と小沼希美の死亡ー<2009年>
20年ほど後、(就職したのが40歳とあるのでずれがありますが)竜之介58歳の5月に小沼希美に原因不明の発熱があります。治癒以降希美竜之介を避けるようになりますが、直後に三角哲彦の勤務する会社に電話させるために竜之介の自宅を訪れます。(この直前に「家出」して三角哲彦の会社の本社がある芝浦に行き、連れ戻される)
 
竜之介に”誘拐”された希美が車外に飛び出して(多分生まれ変わろうとして)亡くなるのが2009年夏。
 
 
緑坂るりの誕生ー<2009年>
小山内瑠璃の親友であった緑坂ゆい瑠璃と同じ1984年か1983年の生まれ)が小山内堅の家(仙台)を最初に訪問したのは瑠璃の葬儀のあった15年前の2002年。
この時三角哲彦も葬儀に参列しています。
 
緑坂ゆいの娘るり小沼希美が死亡した2009年に生まれます。多分夏(8月?)の数ヶ月後でしょう。後に緑坂るりが、正木竜之介が起こした事件は自分の生まれる同じ年のずっと前であると述べる場面があります。
その時(2017年)小山内瑠璃の親友であった母親のゆいは33歳くらいです。
 
 
小山内堅荒谷清美みずきとの出会いー<2009年>
八年前の夏スーパーの駐車場で小山内堅に声をかけたのは荒谷清美の娘みずき
この時みずき7歳。
 
 
─ 現在ー<2017年>
緑坂るり三角哲彦を勤め先に尋ねたのは哲彦小山内堅を訪ねる1ヶ月前である6月。
 
その後のある日、哲彦緑坂ゆいを訪ねて生まれ変わりの話をします。
 
7月に三角哲彦が姉の親友であった小山内(藤宮)梢の墓に詣でたところを荒谷清美の娘みずきに目撃され、の自宅に案内されます。この時みずきは15歳。生まれは2002年で小山内梢瑠璃が亡くなった年です。
そこで哲彦が33年間(小山内瑠璃が生まれた1984年から2017年まで)にわたる生まれ変わりの物語を語り始めます。緑坂ゆいの年齢とほぼ同じなので符合します。
 
8月、緑坂ゆいるり小山内堅の家を訪ね、生前の瑠璃が生まれ変わりに関する話をしていたこと、恋人がいたこと、もし生まれ変わったらサインを伝えると言っていたことを話します。夫がいたとは言わないのですね。
 
そして今小山内堅は最近見つかったその「サイン」を持って東京ステーションホテルに向かい、緑坂母娘と会います。
三角哲彦は来るはずですがまだ現れません。
が二人と別れて新幹線乗場に向かうタイミングで現れます)
 
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刊行が 2017年4月ですから執筆していたのはそれ以前で、物語の「現在」は実際の時間より少し未来です。
 
当初の投稿で触れたひとつの不可解な点(過去の失敗に関する疑問)は読み違いでした。失敗は記憶していますね。
 
読み込んでみて新たに映画の年代に関する疑問が加わりました。『タクシードライバー』は実際にその頃上映されていたからという理由でしょう。『天国から来たチャンピオン』や岩井俊二の『四月物語』はこの物語に重なりますので必然性がありますが、『ドクトル・ジバゴ』と『アンナ・カレーニナ』は分かりません。
 
名前を使いたかったからなのかどうかわかりませんが関連があるのかもしれないと思えるのは映画のタイトルに似たアンナ・カリーナという「ゴダールのモトヨメ」の女優。出演した作品は1966年『修道女』、1968年『異邦人』などです。ゴダールとは1965年に別れていますので三角哲彦がその名を耳にするのが1983年だとすれば記述の通りです。



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Amazon のレビューを見るとかなり低評価のものがありますが、文学である以上そういうことはあるでしょう。

中でも文章については「すべる」などと評する向きもありますが、この作者の会話文は不自然なところがなくてとてもいいと思います。

ヒロインの瑠璃さんが語る言葉を言いそうな人を知っているような気がしてなりません。

その口調や声まで頭に浮かぶほどです。

でも残念ながらそれが誰なのかどうしても思い浮かばないのですが。



映画が今年の冬公開予定ですが、ぜひ観たいとは思いません。

キャストのイメージがずいぶん違うのです。

それに多少内容が変わってしまうでしょうしね。


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