古い手紙の消印です。ずいぶん久しぶりに取り出しました。
消印は '80.10.23 です。
もうそんなになるのかと感慨深いです。

その頃私は中野区にある会社の独身寮に住み、週末に家に帰るという日々を過ごしていました。
それは多分その月の上旬のことだったと思います。
一眼レフとレンズ一本をセミハードケースに収めて肩から下げ、自宅に向かう途中でした。
電車を乗り換えてすぐ、ケースを網棚に置いたままだったことに気付き次の駅で降りて引き返しました。いつもより荷物が多かったので、両手に荷物を持ったことに安心して肩から下げていたことを忘れてしまったのでしょう。

ダメだろうと思いながら駅の事務所に忘れ物を申し出ました。
すると驚いたことにそのケースは届けられていたのです。
どなたか私がケースを網棚に載せ、忘れたまま降りたことを見ていらしたのでしょう。

予想外の展開に驚き、安心し、嬉しさで心を満たして帰宅しました。
届けてくださった方の住所氏名は教えていただきました。

カメラは CONTAX でレンズは 85mm/1.4 でした。
高価でなかなか他のレンズが買えませんでした。
当時謝礼は品物の価値の 5%〜20% が目安とされていました。遺失物法は多少改定があったようですが、これは今でも変わらないのではないかと思います。
悩みましたが、2万円ほどの図書券を購入し、お礼状とともに郵送しました。

これで一件落着、でした。

ところがしばらくしてこの手紙が届きました。
差出人はカメラを届けてくださった方の名前の下に「内」と一文字書かれていました。
奥様という意味です。こうした手紙を受け取ったのは初めてでした。
さては謝礼が少ないというお叱りかなと思いながら封を切ると、便箋二枚にきれいな文字で書かれた手紙と写真が現れました。
拾ってくださった方の奥様が「よくぞお手紙を下さいました」「図書券は子供のために使わせていただきます」としてお子さん二人が写った写真を同封してくださったのです。
ご主人の意向でなくて奥様の気持だったのです。それが奥様の名前で差し出すのでなく私が手紙の宛名としたその方の家内ですとして差し出されたのです。

これはとても奥ゆかしいことだと強い印象を残した出来事でした。
その方や奥様、二人の子供たちは今どうしていることでしょう。
もうすぐあれから 30年という年月が経つことになります。

昨日取り上げた手紙で昔のことを思い出しました。
忘れられない経験です。