去年は家族づれが何組か凧揚げをしていた加曽利貝塚ですが、今年は一組だけでした。








雲ひとつないお天気ですが、風が少しあります。


凧揚げには絶好です。


 


余談ですが、今タコと呼んでいるこの道具、NHK によれば元々は奴凧などが中心で大人の遊びだったようです。


で、名前も「いか」だったそうです。


二本伸びた足がありますからタコというよりはイカですよね。


でも関西で広まったこれが関東に来た時、江戸っ子の(多分意地で)違う呼び方をしたのだろうということでした。


 







貝層の断面を観察することができる施設です。










その上にある案内板から発掘調査現場の方向を見たところです。


 







復原住宅です。








中を見ることができるのはふた棟です。








お正月はお休みです。










貝塚は以前はゴミ捨て場と考えられていましたが、今は加工場であったろうという見方に変わっているそうです。


側を流れる坂月川からここに貝を陸揚げしたのでしょう。








広く平らな部分があって作業には好都合だったでしょう。










川をまたいでモノレールが通っています。










川の方から貝塚を見たところです。


昔はこの田んぼの部分まで水が流れていたのかもしれません。








林の中を歩いて行くと以前も取り上げました道の分岐点に至りますが、ここにあった石碑のようなものを後ろから見ますと、何やら文字が刻んであります。


 


天明二寅十二月?日(七なのか九なのか不明)とありますが、天明二年(1782年)は大飢饉の年ですね。


調べてみますと天明二年は確かに壬寅(みずのえ とら)です。


 


墓地だったのではないでしょうが、多分飢饉で亡くなった人の住まいがこの近くにあって、ここに菩提を弔うために新たに建てられたのでしょう。












発掘現場から階層断面観察施設を望みます。








今は埋め戻されていますが、また次の発掘が始まるでしょう。












今回は前回と同じく XF8 - 16mm で撮っています。


次の花は 80mm マクロです。








八重の水仙ですね。


少し黄色い部分があります。














緩やかな時間が流れていました。








今日もおめでたい感じの和菓子を取り上げます。








もう桜のイメージなのでしょうか。








横に渡された棒のようなものはゴボウのシロップ漬けとあります。








いやあ、初々しいきれいな桜色ですね。








誰かさんのほっぺのようです。(誰?)










切ったところもきれいですね。








お菓子はまだあります。