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OLYMPUS OM-1 [写真]

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先日初めて訪れた中古カメラ屋さんにその後も行っています。

先日は OLYMPUS の M-1 を思わず手に取ってしまいました。

ご存知の方も多いと思いますが、当初オリンパスが展示会で発表したところライツから意見があったそうで、曰く「M-1は困る」と。

もちろんライカに「M1」というカメラがあったからですね。

 

Mが何かというと諸説あるようですが開発者の名前であるようです。

アルファベット二文字までは商標として登録できないそうなので訴えられる心配はなかったようですが、トラブルはよろしくないのでブランドの「O」をつけたというところのようです。

 

そこで OM-1 となったわけですが、M-1 も五千台ほど販売されたと言われていますがもっと売られたという説もあります。

変更されたのは名前だけではなくて細かい部分で変更が行われているようです。例えばマウントネジがプラスでなくてマイナスだとか。

 

システムの名称も M-SYSTEM から OM-SYSTEM に変更されたのでレンズの刻印も初期のものは M-SYSTEM と刻印されています。




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今日これを連れ帰ったのですが、OM-1 は自分で初めて買った一眼レフなのです。

 

40年以上前のことです。

 



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小型軽量です。




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バックには何もありません。




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レンズはこれはと思うものがなかったので今日は見送りです。




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アクセサリーシューは脱着式でした。




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シャッタスピード環はマウント面と平行です。

こうなっていると露出の感覚を掴みやすくて良いのです。

 

上面にあるのは電源ONとフィルム感度ダイヤル、ダイヤルロック解除ボタン、シャッターボタン、巻き上げレバー、フィルムカウンター、巻き戻し/裏蓋オープン兼用のノブしかありません。

 

絞り環はもちろんレンズにありますので、カメラでコントロールするのはシャッタースピードだけです。

露出はどちらかを変えることで変更しますので露出補正という機構はありません。

シャッタスピードは Bulb から 1/1000 まで。

フィルム感度(当時は ASA)は 25 から 1600 までです。

当時はまだネガフィルムの感度は一般には 100 が普通で Kodak のトライX の 400 が高感度と言われていましたが、増感(減感)という方法もありました。そうした場合は現像に出すときに必ずそれを伝えます。

 

ファインダーを覗いてピントを合わせる感覚が新鮮です。

初めて使ったカメラはハーフサイズでしたが、やはり OLYMPUS の製品でした。

とても懐かしいです。

 

 

明日の朝は雨が止む予報ですが、朝になってみなければわかりません。

 



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コメント 6

tochi

OM1
いいカメラですね
私が最初に手にしたカメラはペンFです
私の父親のものです
まだ手元にあります
by tochi (2020-10-17 21:10) 

センニン

tochi さん、こんばんは。
カメラの最初は PEN EES2 でした。
程度の良いものを探そうかと思っています。
by センニン (2020-10-17 21:21) 

旅爺さん

OM-1は素敵なカメラですが白羽の矢は何がお気に入り
だったんでしょう?シャッター速度が細かいですね。
写真が楽しみですね。


by 旅爺さん (2020-10-18 05:53) 

センニン

旅爺さん さん、こんばんは。
ここでおっしゃる白羽の矢という意味がわかりませんが、レンズのことなら 28mm か 24mm、場合によっては 35mm ですが、どれも良いものがなかったのです。
すぐ使うつもりはないので見つけたらということにしました。
フィルムで本気で撮るならF3 を持ち出します。
by センニン (2020-10-18 08:54) 

(た)

OM-1、素敵なカメラだと思います。未来技術遺産にも登録されましたね。

前にこれの標準レンズ G.ZUIKO AUTO-S 50mm F1.4 のことを自分のブログに書いた時に M-1 も少し調べたんですが、M-1 の量産開始が1972年5月1日、発売が7月1日、ライツのクレームが9月25日、クレームの件がオリンパス常務会に報告されたのが10月初め、変更後の名称を「OM」とすると決まったのが10月20日、OM-1 が販売店に出回り始めるのが1973年5月末でした。ただし、73年6月頃にはまだカメラ雑誌に M-1 の広告が掲載されていたらしいです。
このタイムラインから見て、M-1 の総生産数を5,000台とする説はおかしい、少なくとも万の単位、もしかすると5万台前後ぐらいの数が出たかもしれないと僕は疑ってます。
M-1 のプレスリリースが72年5月24日だそうですから、日経や朝日などの同日夕刊か翌日朝刊を見れば月産台数がおそらく出ているでしょうから、生産数の見当が付けられるだろうとは思ってますが、お恥ずかしいことに、面倒くさくて調べてません。ただ、中古市場を見ていて、M-1 の遭遇頻度は決して低くないように感じるんですよね。
by (た) (2020-10-18 14:03) 

センニン

(た) さん、こんばんは。
よく調べていらっしゃいますね。
製造番号を見ても5,000台ということはないでしょうね。

購入前読売新聞で見た広告は M-1 だったように記憶しています。
TVCF は人物はシルエットでカメラをクローズアップしていましたが、「おっ、OM-1」という台詞があったような記憶が微かにありますのでその時は OM-1 だったのでしょうが、日付を覚えていないので資料にはなりませんね。

M-1 はネットオークションでも見ることができますが、状態が良くないものやパーツが交換されているものが目につきます。
巻き上げレバーのプラスチックが破損しているか無くなっているものが目立ちます。

ファインダー内の腐食がよくあります。
これも状態の良いものは交換されている可能性があります。
これが改善されたのは OM-1n になってからだそうですので、「持病」だそうです。

今回手にしたものには腐食はほとんどありませんでした。
M-1 の方は気になる程ありました。
お値段がそこそこ高かったのですが、それらのポイントと裏蓋の閉まり具合が良くなかったので見送りました。

OM-1 はファインダースクリーンは全面マットがついていましたが、マイクロプリズムとスプリットイメージ(斜め)のものにお店で交換してもらいました。
M-1 の方は全面マイクロプリズムのものがついていました。
それも結構好きなのですが。
by センニン (2020-10-18 19:17) 

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